シンポジウム『知られざる「森林土壌と気候変動」 -カーボンニュートラル(ネットゼロ)の鍵を握る土壌-』にて、当日に頂いたご質問に対するお答え

質問1:世界の土壌炭素量の推定値がモデルによってこれだけばらつくのは何故なのでしょうか? 正確な推測のためには、どのような研究が必要なのでしょうか?

 

回答:世界の土壌炭素蓄積量は、世界中で観測された土壌炭素のデータを用いて行われていますが、その調査地点の分布には偏りがあり、ゆっくりですがデータの整備が進んでいます。また観測点のデータから地図化を行う技術も新しい手法が考案されており、それらが合わさってばらつくようです。今後は地球上でまんべんなくデータを取得していくことがまずは必要と思われます。(回答者:橋本)

 

 

質問2:土壌の炭素蓄積量が多い林分と少ない林分を特徴的な「指標植物」や樹高などで評価することはできないでしょうか?

 

回答:現時点では特徴的な指標植物や樹高だけでは精度よくは予測できないですが、大変面白いアイデアと思います。ご指摘のように、土壌の貧弱なところに生育しやすい植物と、土壌が十分に成熟しているところに生育しやすい植物などがありますので、例えばマツの生えているところは土壌が貧弱である可能性がある、などです。今後検討してみたいと思います。(回答者:橋本)

 

 

質問3:針葉樹では、リグニン含有量が多いなど、樹種によって葉の構成物質が異なると思いますが、樹種による土壌炭素貯留量の違いなどはありますか?

 

回答:土壌の炭素貯留量は、樹木から供給される有機物の質(構成物質)も重要ですが、どれくらいの量が供給されるか、またどれくらいその環境が有機物を分解しやすい場か、も重要となってくるため、樹種の成分だけでは決まらないですが、質は土壌炭素量を決定する一因となり得ると思います。また質問2の回答にあるような樹種による違いにもつながってくることかと思います。(回答者:橋本)

 

 

質問4:土壌図はShapeファイルの形で、ダウンロードなどは可能なのでしょうか?

 

回答:私たちの開発した閲覧システムでは、現時点では土壌図はラスター形式(画像)ですのでShapeファイルとしては供給できません。需要があれば、将来的にポリゴン化は目指したいと考えています。土壌炭素蓄積量の推定マップについては、データリポジトリーサイトのZenodoで公開していますので、ダウンロードしていただけます。詳細は「森林土壌デジタルマップ https://www2.ffpri.go.jp/soilmap/ 」のデータ出典のメニューをご覧ください。(回答者:石塚・山下)

 

 

質問5:1点の土壌調査(炭素量の実測)にはどれくらいの時間がかかりますか?

 

回答:サンプリングで半日から1日、試料を乾燥させたり夾雑物を除いたりに1週間、その後の計量や計測で1日程度かかります。一個あたりに時間がかかるので、通常は数十点のサンプルを一気に同時並行で処理します。(回答者:石塚・山下)

 

 

質問6:土壌炭素蓄積量の農林業への活用とは具体的にはどのようなものを想定されているのか?→世界の土壌炭素蓄積量マッピングの動向にて、農林業への活用が考えられていましたが、気候変動への寄与を考えるうえで農林業では土壌炭素だけではなく光合成や植物体等の炭素も考える必要があるのかなと思いました。そこで、土壌炭素蓄積量やマッピングの具体的な活用案があればご教示いただけますと幸いです、浅学で恐縮なのですが、よろしくお願いいたします。

 

回答:土壌炭素蓄積量と樹木・作物の成長に必要な土壌養分量は関連しているケースがあり、両者が多い場所は優先的に林地・耕作地として有効活用し、そうでない土地はできるだけ土壌を保全するなど、いわゆるゾーニングへの活用が考えられます。まずは土壌養分(窒素・リン・カリウムなど)のマッピングを進める必要があると考えられます。(回答者:石塚・山下)

 

 

質問7:土壌の炭素蓄積量の変化を把握しようとする場合、土壌に供給された有機物のうち、生物が利用できないものが土壌に蓄積されることから、土壌に供給される有機物の分解特性から推定することも可能ではないかと思います。そのような研究例はあるのでしょうか。

 

回答:微生物による分解は、環境や微生物種の多様性、有機物の質などで異なると考えられています。これまでも微生物による土壌有機物分解を説明する多くのモデルが提案されてきました。こうしたモデルは温室効果ガスと炭素蓄積量の双方にとって大変重要ですので、現在、最もホットな研究分野のひとつとなっています。(回答者:石塚・山下)

 

 

質問8:2点質問がございます。1点目、坂部様とのご発表との関連で、デジタル土壌図の炭素蓄積量にはメタン含有量も含まれているのでしょうか。2点目、伐採や路網開設などの土壌撹乱に伴う蓄積量の変化を簡単に推定する手段はございますでしょうか。

 

回答:1点目:メタンは気体のため、炭素蓄積量としては含まれていませんが、メタンの吸収量マップは今後作成していきたいと思います。2点目: CENTURYモデルなどの生態系モデルを活用することで攪乱による変化量の推定が可能になるかもしれません。ただし、こうしたモデルを活用するためには、実際に攪乱前後で土壌サンプリングを実施し、どの程度の変化があるのかを把握することが必要になります。(回答者:石塚・山下)

 

 

質問9:11~24%の空間的変動係数の問題を解消するために、33~177地点必要である根拠について教えていただきたいです。また、土壌採取などを行うような研究におけるサンプルポイントの選定について考慮するべき点などありましたら教えていただきたいです。

 

回答:n≃(t/Cl)2 × s2 で算出できます。nは必要点数、tは危険率5%では1.96、Clは信頼区間(ここでは4tC × 2(両側))、s2は母集団の分散となります。サンプルポイントについては知りたいことで変わってきますが、根株・立木の近くは掘れないことが多く、避けることが多いです。サンプリング地点が少ない場合は、できるだけその林分を代表している場所を数点選びます。ただ、恣意的に選ぶとデータにも影響するので、場合によっては機械的に格子状に割り当てたりすることもあります。(回答者:石塚・山下)

 

 

質問10:枯死木を外に持ち出すのは大変ではないですか? 例えば根を掘り出すのは非常に辛そうです。未利用資源になるのでしょうか?

 

回答:根株は掘出すのが大変です。経済的にまずペイすることはないと思います。また、人工林での根株は、山地防災の観点から土壌緊縛力、支持力が期待されるので、日本の場合は持ち出すことは想定されないと思います(機械化が進んでいる海外では事例があります)。人工林での施業が林業機械による全木集材をおこなう場合には、未利用な部分も収穫できると思います。今、樹皮などから利用可能な資源を得ることができないかということは森林総研でも研究しているグループがいます。(回答者:酒井)

 

 

質問11:枯死木の資源化に関して具体的なアイデアがありましたらご紹介下さい。

 

回答:枯死木の資源化には、次の2つの視点があると思います。1.カーボンニュートラルを意識した「未利用資源としての活用」、2.森林生態系や生物多様性の保全のための「場としての活用」。質問としては前者の資源化を意図されていると思いますが、資源化にかかるコストと温暖化ガス排出抑制のバランスを考えなくてはいけませんのでなかなか難しいと思います。一方、視点を変えて後者を考えると、放置しておくだけで非常に重要な役割を果たす場となる資源だと思います。(回答者:酒井)

 

 

質問12:全分解者による熱帯での年間重量減少率が高いのはなぜか?

→昆虫による分解率を見ると、全分解者の減少率の主な要因ではなさそうな印象を受けた一方で、例示されていた木材腐朽菌も熱帯よりは温帯の方が多く分布しているイメージがあります。そこで、全分解者による枯死木の年間重量減少率において熱帯が最も高くなった理由をお聞きしたいです。(やはり人為的な搬出でしょうか…?)聞き漏らしておりましたら大変恐縮ですが、ご教示いただけましたら幸いです。よろしくお願いいたします。

 

回答:分解に関わる生物の活性が高い条件が一年を通じて長期間続くからです。→枯死木(木材)の分解が遅い理由は、1.化学的に難分解性の成分が多い、2.固形で硬い複雑な構造をもつためです。食材性昆虫の分解への役割は自身が木材を食べて消化することに加えて、物理的に木材構造に「穴をあける」ことで木材腐朽菌類のような微生物類の木材内部への侵入を容易にします。生物活性が高い気候環境下では、このような昆虫と木材腐朽菌類の活動の相乗効果が分解をより促進すると考えられます。また、この年間重量減少率の計算値は分解による減少のみに基づいており、人為的な搬出の影響は排除されています。(回答者:酒井)

 

 

質問13:なぜ黒ボク土はメタンを多く吸うのでしょうか?

 

回答:黒ボク土は土壌粒子間の隙間の割合が高いため水はけが良く,好気的な環境になりやすいため,メタン酸化に適した環境であると考えられます。(回答者:坂部)

 

 

質問14:メタンの吸収量測定のところで質問です。土壌が吸収しているとのことですが、測定している場所からメタンが他の場所に移動して再び大気に放出されることはないのでしょうか。

 

回答:吸収されたメタンが土壌中を移動してそのまま他の場所から大気中に出てくることはほぼないと考えられます。むしろ吸収されたメタンは二酸化炭素の形に分解されて出て来ます。メタンは温暖化する力が二酸化炭素より30倍ほど高いことを考慮に入れると、温暖化する力が30分の1に変換されるといえます。(回答者:坂部)

 

 

質問15:「メタンの大気中での寿命短いため、メタン削減は気候緩和に効果的である」というご説明だったのですが、メタンが大気中で短期間でなくなるのであればメタン削減しなくても良いように思うのですが、なぜメタン削減は気候緩和に効果的なのかをもう少し説明していただけるとありがたいです。

 もう1点、教えていただきたいのですが、温帯林は最も大きなメタン吸収源とのことですが、温帯林はメタン放出も他の森林タイプより大きいようにも見えました。放出が大きくなる要因は何だと考えられるでしょうか。

 

回答:メタンの寿命まで排出がなければ消失しますが,消失を上回る排出があるため現在大気中のメタン濃度が上昇しています。しかし,排出を削減することができれば,メタンの大気中での寿命は短いため排出削減の効果がすぐに出やすいと言えると思います。

引用したFeng et al. (2023)によると,メタン放出が観測された森林面積のうち,アメリカとカナダが28%,ヨーロッパが24%を占めていることから,温帯林の放出が大きくなっています。しかし,放出が観測されたのは世界で56地点しかなく,上記のエリアでの観測点が多いため,放出が検出されやすい可能性があると思います。(回答者:坂部)

 

 

質問16:森林土壌のメタン吸収の観点から施業あるいは森林管理の際に留意すべき点はありますでしょうか?

 

回答:土壌でのメタン吸収を維持するには,土壌の孔隙を減らさないようにし,できるだけ水はけの良い状態が望ましいと思います。また,渓畔域や土砂をせき止めるなどしてできた湿地は,面積は小さくても強力なメタン排出源となりうるため,森林のメタン収支に影響を与える可能性があります。(回答者:坂部)

 

 

質問17:バイオ炭を土壌に多量に施用すると、土壌環境が改変されて植物の成長が低下しませんか?素人的なしつもんで恐縮です。

 

回答:土壌タイプや土壌環境、作物種によって応答は変わってきますし、まだ研究段階ではありますが、バイオ炭施用はむしろ根の生長を促し、収量を向上するという報告が出てきています。(回答者:片柳)

 

 

質問18:なぜ土壌炭素が多いと干ばつ耐性も高くなるのでしょうか?

 

回答:土壌有機物自体が保水力を持っており、また、有機物が土壌の構造を多孔質な状態で安定化させ、水分を保持しながら通気性も確保するため、干ばつ耐性が高くなります。(回答者:片柳)

 

 

質問19:バイオ炭を作るにあたって、燃料を使って加熱をする必要があるのなら、結局炭素の貯留にならないのではないでしょうか?

 

回答:一般的にバイオ炭の運搬・製造の燃料消費によるCO2放出量は製造されるバイオ炭よりも少ないです。(回答者:片柳)

 

 

質問20:素人質問で恐縮です。バイオ炭は、炭の材料を集める時・炭を作る時・運搬時・埋設時等々、それぞれの段階でCO2を排出しますが、トータルのCO2排出量は本当にマイナスになるのでしょうか?バイオ炭を作って土壌に投入する過程で、逆にCO2を排出量が増えることにはならないのでしょうか。

 

回答:たとえばJ-creditではバイオ炭投入による炭素蓄積量から運搬・製造にかかる排出を差し引いた量が炭素貯留量として算定されるため、CO2排出量が増えるような運搬・製造方法だった場合は炭素貯留とはみなしません。(回答者:片柳)

 

 

質問21:バイオ炭の製造過程での温室効果ガス排出についてはどこでカウントされるのでしょうか?

 

回答:温室効果ガスインベントリにおいては製造・運搬によるガス排出はエネルギー分野でカウントされます。また、J-creditにおいては運搬・製造にかかる排出を炭素貯留量から差し引いて計算します。(回答者:片柳)

 

 

質問22:土壌炭素が高いほど作物の生産量が増えるという図を見せて頂きましたが、これはどのようなメカニズムによるものなのでしょうか?リン酸制限が緩むとかでしょうか?

 

回答:スライドで示した図の原著論文において特に理由は記載されていませんでしたが、有機物分解に由来する窒素供給量が多い、保水力が高く耐乾性が高い等が理由として考えられるのではないでしょうか(リンやカリウムは通常肥料として与るため、リン制限は基本的に起きない状況です)。(回答者:片柳)

 

 

質問23:田んぼにおける中干しに関して、生物多様性で考えると、田んぼの動植物の保全で考えると中干しを止める方が良いとの意見もあり、メタン削減も必要であり、この先のどのようなジャッジが必要と思われますか。

 

回答:多様性は、今後、中干しの環境影響を総合評価するうえで重要な指標の一つになってくると思われます。個人的には、1つの圃場に焦点を当てて考えず、地域・集水域等の単位で管理を考えることが重要と考えています。(回答者:片柳)

 

 

質問24:森林においても、炭素蓄積や温室効果ガス放出抑制を評価するJクレジットなど、社会実装を進めるような流れはありましたら教えてください。

 

回答:森林においても、樹木の炭素固定はJクレジットに組み込まれております。土壌に関しては現時点では農業分野のみになっています。(回答者:橋本・喜多)

 

 

質問25:先の片柳さんのJクレジットやGHGプロトコル、TNFDなど、様々な温室効果ガスの算定方法や削減方法が飛び交っていますが、一般人からするとそのルールがどれだけ重要なのか、いまいちわかりません。難しい質問だとは思いますが、世間の注目に対してどのようにアピールしていくべきなのでしょうか?

 

回答:算定方法や削減方法は、まだ評価方法が統一されておらず、試行錯誤をしている現状と思いますが、国際的な標準化された透明性のある評価方法で評価していく方向に進んでおり、その方法が現在整備されていると言えます。

またアピールの方法については難しいご質問で、当社も迷いながら取組を進めているのが現状です。アピールの事例としましては、当社も関わる事業を、例えば気候変動枠組締約国会議(COP)の場でも発表の機会などいただき、幅広い関係者と議論しています。また当社の事業もある建設業界はCO2排出の多い業界の一つなのですが、建てるときのCO2排出量等を見える化するソフトウェアを利用し、建てるときのCO2排出量削減を目指す脱炭素設計を推進し、一般の方にもわかりやすい成果を広めたいと考えています。(回答者:喜多)

 

 

質問26:植林してそれを伐採し利益化するには相当の時間がかかり、森林(自然)と経済の共存は難しいように思えますが、この問題に住友林業様がどのように対処しているのか、お伺いしたいです。

 

回答:ご指摘の通り、植林事業は時間がかかり、経済性の両立が厳しい場合も多いです。一方で、森林は気候変動対策としてのCO2吸収・固定の価値だけでなく、生物多様性や水循環の保全、地域社会への貢献といった自然資本への価値も有しており注目を集めています。当社の一つの対処として、森林ファンドを組成し、関心ある他企業と一緒に、持続可能な森林経営を広め、進めていきたいと考えています。(回答者:喜多)