2024年度森林立地学会論文賞受賞「宮城県岩沼市の津波防災盛土法面に植栽された広葉樹の成長経過と植栽基盤特性の関係について」

2024年度森林立地学会論文賞を受賞した佐野哲也さん(東北工業大学工学部環境応用化学科)に受賞論文「宮城県岩沼市の津波防災盛土法面に植栽された広葉樹の成長経過と植栽基盤特性の関係について」の研究内容や苦労されたことなどをお尋ねしました。

 

ーー 受賞おめでとうございます。早速ですが、今回の研究に取り組まれたきっかけや研究の
背景を教えてください。

植栽が行われた2014年の調査地の様子

佐野:2013年春に茨城県から現在の職場がある仙台に赴任したことがきっかけです。当時、東日本大震災の津波被害を受けた地域では、海岸防災林の復旧が課題となっていました。震災翌年に復興方針が示され、復興事業が本格的に動き始めたころです。復興計画にもとづき、自然再生を目指す湿地周辺の一部エリアを除いては、盛土をしてマツを植栽し防災林を復旧する事業が始まっていました。そして、仙台空港近くの岩沼市では、その防災林の背後に避難丘やそこへ誘導するための盛土沿路を備えた復興公園を整備し盛土法面に広葉樹を植える事業が始められました。実証試験という形で先行的に植栽が行われたいくつかの盛土では、植栽木の成長が思わしくないケースが報告されていましたので、広葉樹の植栽地ではどうなのかモニタリングを始めることにしました。

 

ーー 今回の研究でどういうことが明らかになったのですか?

植栽した年の冬に植栽地盤の表層を
サンプリングしている様子。

佐野:広い範囲で長期モニタリングをしてみると、成長が良好な場所と緩慢な場所があることが分かり、この成長状況の差には、植栽地盤の化学性や硬さが関係していることが明らかになりました。盛土表層の化学性を比較したところ、成長が緩慢な場所では、養分量が少なく、pHが極端に低くもしくは高くなっており、盛土材料の出自や肥料投入量が異なっていることの影響が考えられました。また、同一盛土法面でも部分的に周囲と比較して成長が緩慢な場所があり、そのような場所では地盤が固すぎたり、柔らかすぎたりする傾向が認められました。

 

 

 

ーー この研究で特に苦労したところ、また著者としてここがポイントというところがあれば
教えてください。特に今回は東日本大震災・津波に関する研究ですね。

同じ場所を東京オリンピックが開催された2021年の10月に学生さんたちと調査している様子。
9月末に緊急事態宣言があけて、対面授業が開始された直後を見計らって実施。植栽木は5mほどまでに成長。

佐野:この研究は樹木の成長を長期間追うものでしたので、やはり苦労した点は時間と労力がかかったということでしょうか。定期的な測定が必要ですし、植栽密度が高い場所ですので測定には時間がかかりました。測定は多くの学生に協力していただいたのですが、精度管理にも気を使いました。また、調査期間の後半はコロナ禍でしたので、野外調査にでることが難しかった時期もありました。緊急事態宣言があけ、対面授業が行われるようになった晩秋に、車の窓を全開にして学校と調査地を学生とともに何往復もしたということもありました。
 さらに、ちょうどコロナ禍の2021、2022年の冬に宮城・福島沖で震度6強の余震が2年連続で発生しました。余震のたびに土壌試料を保管している部屋がひどく散らかり、途方に暮れながら片付けをした記憶があります。津波被災跡地に植えられた樹木は、植えた時は背丈50㎝くらいだったのですが、現在速いところでは8mくらいまでに成長しています。この高さは調査地周辺、すなわち、震災の様子を伝える映像や写真として目にされることが多いと思われる仙台空港に達した津波の最大深度と同程度だそうです。10年と少しの期間をかけてそれくらいまで成長したわけですが、その過程を記録したものが本研究になりますので、ご覧になっていただければと思います。

 

ーー これから研究を目指す大学生に一言お願いします。

佐野:私が学生だった頃よりも調査環境が過酷になってきたと感じている今日このごろですが、安全に十分に気を付け、フィールドに繰り出していただければと思います。東北とはいえ仙台でも6月中旬頃から真夏日が続くようになり、今年は猛暑日が14日を超えたそうです。そのため最近は、夏季を避けて野外実習を行うようになりました。また、熊の目撃情報も増えました。近所で目撃情報があると、大学事務局から直々に注意喚起のメールが届くようになり、山を散策しながら植生調査実習を行うのは、もしもの時のことを考えると、実施が難しくなってきました。
 とはいえ、野外に出て研究の着想を得たり、仮説をたてたり、考えを巡らしながら時間を過ごすのはとても楽しいです。私は森林群落の成立立地に関する研究をしているのですが、台風が過ぎた直後に森に入ったとき、それまで乾性立地だと思っていた岩塊地で水がこんこんと湧いて流れているのを見て、その立地の特性や成因に対する考え方が180度変わる経験をしたことがあります。周囲への連絡を怠らず、安全対策をしっかりと講じて、足繁くご自身のフィールドに通っていただければと思います。

 

ーー 今日はどうもありがとうございました。

 

取材者:森林立地学会 橋本昌司