第3回: 前田綾子さんに聞きました「2022年度森林立地学会誌論文賞研究について」

2022年度森林立地学会誌論文賞を受賞されました前田綾子さん(高知県立牧野植物園)に受賞論文「高知県白髪山に成立する森林の樹種構成と温帯性針葉樹の定着マイクロサイト」について、研究内容や苦労されたところなどをお尋ねしました。

 

-- 受賞おめでとうございます。早速ですが、今回の研究に取り組まれたきっかけや研究の背景を教えてください。

前田:この場所で調査をはじめたのは、以前からお世話になっていた地元の方から、非常におもしろい森林があって、県の天然記念物に指定する話があるから調べてほしい、といわれたのがきっかけでした。その調査の結果が今回の研究のもとになっています。

 

-- 今回の研究でどういうことが明らかになったのですか?

林内様子

調査地域の様子。 写真中央に岩の露出が確認できる。

前田:今回調査した高知県本山町白髪山(しらがやま)は蛇紋岩という非常に栄養分の少ない岩が露出しているところがあり、そこにヒノキ林が広がっています。こうした特殊な環境でヒノキや他の温帯性針葉樹(モミ、ツガ、ゴヨウマツ)の実生がどのような生育基質(土、岩、根株など)で定着しているのか調べました。その結果、ヒノキは面積としてはごく限られた根株の周りで定着していることがわかりました。白髪山では根がタコ足状になったヒノキが多くみられます。これはヒノキの実生が定着した株が枯れ、定着した個体が大きくなった結果形成されたということが推測できるようになりました。

 

-- この研究で特に苦労したところ、また著者としてここがポイントというところがあれば教えてください。

調査後様子

調査の後、疲労困ぱいの様子

前田:最初に思いつくのは、たどり着くまでの道のりが遠かったところです。車を停める場所から調査地の八反奈路(はったんなろ)までは20分程しか歩かなくてすむのですが、そこまで未舗装路の山道を1時間半以上走らなければならず、毎回無事に行き着けるか心配でした。また、実生調査は合計0.7ha強のコドラート(植生調査の対象とする区画のこと)全域でやったため時間がかかりました。後になって、1m2程度の実生コドラートをつくってやるものだと共著者の酒井さんに言われました。ポイントは、生育基質の分類と評価です。基質はモザイク状になっているため、調査者によって認識のズレが生じないよう、論文中にはありませんが地図を描いて視覚化していました。

 

 

 

 

-- 前田さんは牧野植物園にお勤めなのですね。私も行ったことがあります。NHKの朝の連続テレビ小説になっていますね。牧野博士・牧野植物園の事や前田さんの現在のお仕事についてももし良ければ教えてください。

ヒノキ実生

ヒノキの実生(写真の中心部)

前田:私自身は園地の管理はしておらず、主に県内の野生植物の調査研究をしています。昨年、高知県ではレッドデータブックがおおよそ20年ぶりに改訂され、それに携わりました。その際、調査員の高齢化が進んでいるのを痛感して、このままだと次の改訂はできないかもしれないと不安になりました。それを受けて、その当時の県の担当者が予算獲得に尽力してくれて、現在県内各地で人材育成を目的に市町村の植物リストを目標に調査ボランティアと一緒に調査をおこなっています。牧野富太郎博士の業績のひとつに、植物知識の教育普及活動があります。様々な方と植物調査をおこなっていくこの活動は、牧野博士の業績の顕彰だと思っています。

高知県立牧野植物園へ

高知県レッドデータブックへ

 

-- これから研究を目指す大学生に一言お願いします。

前田:研究だけでなく、旅をしたりアルバイトをしたり、いろいろな経験を積んでほしいです。あと、先生や友だち、後輩など、様々な人との出会いを大切にしてほしいと思います。無理する必要はないですけど。八反奈路での研究がこうしてまとまったのは、共著者の酒井さんが何度も相談に乗ってくれたこと、後に杉田さんが加わり、異なる視点で新たに調査データを集めたことなど、前向きであきらめない人達との出会いのおかげだと思います。

 

-- 今日はどうもありがとうございました。

取材者:森林立地学会 橋本昌司