第1回: 阿部有希子さんに聞きました「2021年度森林立地学会誌論文賞研究について」

2021年度森林立地学会誌論文賞を受賞されました阿部有希子さん(受賞時:東京大学大学院農学生命科学研究科、現在:国立研究開発法人日本原子力研究開発機構所属)に受賞論文「スギ人工林皆伐跡地の微生物呼吸速度の6年間の変化」について、研究内容や苦労されたところなどをお尋ねしました。

 

ーー 受賞おめでとうございます。早速ですが、今回の研究に取り組まれたきっかけや研究の背景を教えてください。

調査風景(阿部氏提供)

阿部:修士から博士課程で取り組んだ思い入れのある研究でこのような賞をいただくことができ、とても嬉しく思います。森林の土壌は大量の炭素を蓄えていますが、その一方で大量の二酸化炭素を排出していて、土壌呼吸と呼ばれています。土壌呼吸は温度の影響を強く受けるため、地球温暖化などの気候変動によって土壌呼吸量が増加した場合、大気中の二酸化炭素濃度に影響を与える可能性が考えられます。そのため、土壌呼吸が気候変動によってどのように変化するのか明らかにする必要があります。しかし、土壌呼吸は微生物の有機物分解(微生物呼吸)と植物の根呼吸の異なる2つの過程で構成されているため、環境変化に対する応答評価が困難です。そこで今回の研究では、土壌有機物の分解過程のみを現地で観測しようと考えました。そのために、皆伐によって根呼吸を排除し、皆伐後に新たに土壌に供給される有機物を除去する調査区を設置しました。この調査地と隣接するスギ人工林において6年にわたって微生物呼吸速度を測定し、新たな有機物供給停止後の微生物呼吸速度の経年変化を明らかにすることにしました。

 

ーー 今回の研究でどういうことが明らかになったのですか?

皆伐区での調査風景(阿部氏提供)

阿部:森林土壌には、微生物によって速やかに分解されてしまう有機物や分解されにくい状態で長く留まる有機物など、多様な有機物が存在しています。そのため、微生物呼吸によって放出される二酸化炭素はこの多様な有機物の分解に由来しています。今回の研究を行った調査地の土壌は火山灰を母材としており、微生物が分解しやすい有機物量が少ないと考えられたため、微生物呼吸速度はすぐに低下するだろうと予想していました。しかし実際には、皆伐後1年目に比べて3、4年目に高くなった後、皆伐後6年目に初めて低下し、皆伐後すぐには低下しないことが明らかになりました。さらに、6年間で土壌から放出された炭素量は、皆伐前に表層土壌に蓄積されていた有機物の減少量よりも多いことが分かりました。このことは、より深い土壌に蓄積された有機物も微生物呼吸に寄与している可能性を示唆しています。

 

ーー この研究で特に苦労したところ、また著者としてここがポイントというところがあれば教えてください。

阿部:土壌に蓄積されていた有機物の分解過程のみを明らかにしたかったため、皆伐後に新たに生えた植物や周囲から飛んできた葉や枝を除去するなど、調査地の維持には苦労しました。また、夏場の炎天下での測定には何度か心が折れそうになりましたが、今回このような賞をいただくことができ、続けて良かったなと思いました。この研究の一番のポイントは、皆伐後の新たな有機物供給を人為的に排除した調査地において、皆伐後の微生物呼吸速度を長期間観測したことです。本研究のような例はほとんど見られないのではないかと思います。

 

ーー 研究者を目指すきっかけがあったら教えてください。

スギ林での調査風景(阿部氏提供)

阿部:学部4年生の時に国立環境研究所の梁博士が開発された自動開閉式ポータブルチャンバーに出会い、土壌呼吸の測定を始めましたが、その時は研究を続けることは特に考えていませんでした。今回のこの研究を進めるうちに、皆伐区の微生物呼吸速度の変化をもう少し測定してみたいと思ったことが研究者を目指すきっかけかもしれません。たくさんの方々に支えていただき、無事に研究を続けることができたものの、皆伐区の微生物呼吸速度は低下するどころかむしろ高くなってしまい、微生物呼吸速度が低下するまでどれくらいかかるのか毎年気がかりでした。思い通りにいかないことも多々ありましたが、地道な調査や先生方との議論を通じて研究が面白く感じるようになりました。

 

ーー 現在取り組まれている研究について教えてください。

阿部:森林土壌に蓄積されている炭素のうち、およそ半分以上が下層土壌に存在しており、下層土壌に蓄積された有機物がこれまで考えられていたよりも炭素循環に大きく寄与している可能性が明らかになってきています。しかし、どの深さに蓄積された炭素がどのように、どの程度分解されるのか、その実態は分かっていません。今回の研究を通じて、下層土壌に蓄積された有機物が微生物呼吸にどの程度寄与しているのか明らかにする必要があると考えました。そのため、現在は土壌有機物の存在状態や分解特性が異なると想定される火山灰土壌と非火山灰土壌を対象として、炭素同位体分析や培養実験、有機物分画など様々な手法を用いて、微生物呼吸に下層土壌がどの程度寄与しているのか明らかにすることを目指して研究に取り組んでいます。

 

ーー これから研究を目指す大学生に一言お願いします。

阿部:時間がたっぷりある大学生のうちに色々なことを体験したり考えたりすることは、研究に限らずきっと将来役に立つと思います。一見無駄かなと思うことが意外と後々繋がったりするかもしれません。ぜひ有意義な時間を過ごしてください。

 

ーー 今日はどうもありがとうございました。

 

取材者:森林立地学会 橋本昌司

 

Interviews一覧に戻る