海外で数多くの仕事をされてきた田中憲蔵さん(国立研究開発法人国際農林水産業研究センター)に「熱帯林研究(東南アジアの森林調査)」について、今までおこなってきた研究内容や苦労されたところなどをお尋ねしました。
-- この度はご対応下さり有り難うございます。最初に東南アジアの森林に関わられたのはいつ頃か教えて下さい。
田中:今から25年以上前の学部生の時に、ボルネオ島のマレーシア・サラワク州の熱帯雨林や荒廃した熱帯雨林の修復植林を行っているサイトに行ったのが最初ですね。当時学んでいた愛媛大学の研究室では、長年にわたってサラワク州やタイなどで熱帯林の研究を行っていて、いろいろなプロジェクトが走っていました。先生にしてみれば、現地に行きたいと夢見る学生を篭絡し、戦力として求めていたんです。なので熱帯がいかに素晴らしいところか、いかに食べ物が安くておいしいかなどを力説して勧誘されました。私はもともと熱帯に興味はあったのですが、貧乏学生だったので、先生が滞在中の飯代は全部払ってくれるという誘い文句にかなり心を動かされ、二つ返事で調査の手伝いを引き受けました。
実際行ってみたサラワクでの研究は多岐にわたっていました。大きくは天然林で樹高50-70mにも達する巨大な樹木がどのように生活しているのかを生理的に調べる研究と、荒廃した熱帯雨林を修復する研究の2つでした。巨大な樹木には重い測定機材を背負って、梯子で木のてっぺんの梢の葉まで行って光合成などの測定をしました。荒廃地では、かまれると激痛の走るアリや熱帯特有の暑さと闘いながら、植林した樹木の光合成や水利用など生理的な側面から、荒廃地の環境への順応性、最適な植林方法などを調べました。毎日へとへとになったのですが、若さと約束通りの腹いっぱいの美味しいごはんで乗り切りました。もちろん休日や雨の日は、噂とは違ってめちゃくちゃ美味しくていい香りのするドリアンに舌鼓を打ったり、焼き畑農民のイバン族のロングハウスに遊びに行ったりして楽しんで、帰国する頃にはすっかり熱帯のとりこになっていました。
-- 最近はどのような研究に取り組んでいるのですか?
田中:今所属している国際農林水産業研究センターでは、タイやマレーシア、インドネシアで、持続可能で環境に適応した林業の確立に取り組んでいます。例えば、多様な樹種の中から、高温や乾燥ストレスなど気候変動に強靭な樹種を見出すことや、品種改良などの手段で既存の林業樹種の改良、様々な植栽方法や樹種を組み合わせることでパフォーマンスの良い植林・保育方法を開発する研究などを行っています。
-- 日本を出てから、向こうでどんな感じで過ごし、帰国するのか、様子を教えてください。かならず持って行くものなど有りますか?
田中:最近は現地に行くのが慣れっこになってしまいあまり気合を入れて準備しなくなっています。現地で調達できる物も増えてきていますが、胃腸薬や風邪薬、かぶれ薬、粉ポカリなどは忘れないようにしています。日本のコンビニやイオン、ユニクロなど日系小売店の進出が目覚ましくて、田舎でもおにぎりやヤクルト、シュークリームまで買えるようになってきていて20年前との違いに愕然とします。
熱帯では野外作業時には熱中症に気を付けて作業するようにしていて基本的には、「計画の半分終われば合格」をモットーに心に余裕を持った行動をしています。焦ると怪我や病気、事故の元でろくなことがないですね。あと食べ物は健康維持に重要なので(という言い訳で)しっかり楽しんで食べ歩きしますね。ドリアンやマンゴスチンなどの果物も豊富なので取りこぼさないようにゲットしています。でも果物には季節性があって、町でドリアンの香りがしないときは残念な気持ちになりますね。
-- 東南アジアの森林研究での面白さ、大変さを教えてください。暑さとか毒蛇とかイメージがあります(笑)
田中:とにかく樹木のサイズが大きくて樹種の多様性も高いので飽きることはないですが、逆に種同定が困難で大変なこともありますね。いまだに新種がゴロゴロしています。毒蛇は怖いですね。。何度かヤラレかけました。巨大キングコブラが目の前に現れたことや、真夜中の調査中に毒蛇を踏んだ時は長靴じゃなかったらかまれてました。最近は工事現場の作業員の方々が着ている空調服に目覚めて暑さとの戦いの新兵器として重宝しています。この服は現地の方との話のネタにもなりますね。
サラワク州ではイバン族のワーカーたちを雇っていると、ニシキヘビやオオトカゲを見つけると晩御飯のごちそうとばかりに一斉に指示を無視して狩りを始めるので困りますね。自慢げにとってきた獲物を食べると鶏肉みたいで美味でしたが・・。彼らと森の中でバーベキューしたりするのは美味しくて楽しい思い出ですね。こういう現地の方々との関わりも含めて東南アジアの森林では日本で味わうことのできない体験ができて面白いですよ。
-- 最後に、これから研究を目指す大学生に一言お願いします。
田中:東南アジアは変化が激しく、熱帯雨林はどんどん減少して都市やアブラヤシプランテーションに変わって行っています。そのうち日本と大して違いのない地域に落ち着いていくかもしれません。だから熱帯の面白さを味わいながら熱帯研究をするなら今が最後のチャンスかも。だまされたと思って熱帯研究に身を投じてみてください!
-- 今日はどうもありがとうございました。
取材者:森林立地学会 橋本昌司