第2回: 金子命さんに聞きました「2021年度森林立地学会誌論文賞研究について」

2021年度森林立地学会誌論文賞を受賞されました金子命さん(受賞時:酪農学園大学 環境共生学類、現在:いであ株式会社 所属)に受賞論文「エゾシカが高密度化した洞爺湖中島における土壌および植物の諸特性」について、研究内容や苦労されたところなどをお尋ねしました。

 

-- 受賞おめでとうございます。早速ですが、今回の研究に取り組まれたきっかけや研究の背景を教えてください。

洞爺湖中島

本研究のフィールドとなった洞爺湖中島(金子氏提供)

金子:私は学部生の頃より洞爺湖中島をフィールドにしており、その縁で中島が抱える環境問題に興味を持ちました。このことが本研究を進める原動力になっていたと思います。中島は、人為的に持ち込まれたエゾシカが爆発的に個体数を増やした後、それらが非常に高い密度でかつ、40年以上の長期に渡って維持されてきた過去を持ちます。シカの植物に対する採餌圧が高まった結果、島内には下層植生が存在しない裸地が大きく広がった他、残された植物もフッキソウやハンゴンソウといったシカが食べない種(シカ不嗜好性植物)が単一的に繁茂するようになりました。その他にも、島内では無脊椎動物層や鳥類層の変化が報告されるなど、生態系地上部への影響が目に見える形で顕著に表れてきました。本研究は、そうした生態系地上部に大きな変化がもたらされた中島における土壌環境の変化を、物理および化学的な視点で調査した研究となります。

 

-- 今回の研究でどういうことが明らかになったのですか?

フッキソウ採取

シカ不嗜好性植物のフッキソウ(金子氏提供)

金子:大型草食動物であるシカの植生撹乱によって、洞爺湖中島の土壌物理および化学的環境が大きく変化していることが明らかになりました。具体的には、シカが自由に歩き回ることの出来る調査区においては、防鹿柵によってシカの出入りを制限した調査区と比べて、リター(土壌表層に堆積した植物遺骸のこと)量が大きく減少していること、そして土壌硬度が大きく上昇していたことが明らかとなりました。これらの結果から、餌資源に乏しい中島島内では、シカがリターを食べていることや、裸地となった土壌が踏み固められたことなどが考えられました。また、土壌化学性については限定的ながらも、島内において最も多くのシカが集まる地域にて、土壌中の無機態窒素濃度が顕著に増加していることが明らかとなりました。さらに、この地域に生育するフッキソウについても、植物体中の窒素濃度が特異的に上昇していたという結果も得ることが出来ました。このことから、島内の中でも特にシカの利用性が高い地域では、排泄物が土壌に投入されることによって施肥効果がもたらされていること、加えてその様な施肥効果は、自生する植物体中の窒素濃度にも影響を与えている可能性が考えられました。

 

-- この研究で特に苦労したところ、また著者としてここがポイントというところがあれば教えてください。

土壌試料採取

島内における土壌試料採取の様子(金子氏提供)
林床は下層植生に乏しく裸地が広がっている。

金子:洞爺湖湖岸から中島には、定期的に運航している汽船を使ってアプローチしていたのですが、最終便を逃すと島内に取り残されてしまいます。 そのため、島内の調査は必ず汽船の最終便までに終わらせる必要があり、常に時間を気にしながら行う調査はとても苦労しました。本研究のポイントは、シカ個体数が正確にかつ長期的にモニタリングされてきた島嶼生態系である中島において、シカの植生撹乱が土壌に与える影響を明らかに出来た点であると考えています。また、シカの植生撹乱に伴う生態系地下部への影響を議論した研究は、世界的に見ても未だ研究例が少ないので、そこも大きなポイントの一つかと思います。

 

 

 

 

-- 現在取り組まれている仕事について教えてください。また最近書籍を出版されたのですね?その紹介もお願いします。

筆者近影

酪農学園生物図鑑と著者近影(金子氏提供)

金子:今年度より、いであ株式会社の国土環境研究所に採用頂きまして、今後は野生動植物の保全等に資する業務に携わらせて頂く予定です。今まで自身が学んだフィールド調査のスキルやノウハウなどを活かしながら、少しでも多くの現場で活躍することが出来ればと考えております。書籍については非常にローカルな話になってしまいますが、私の前職である酪農学園大学(北海道江別市)の敷地内で観察出来る生物を、『酪農学園生物図鑑』としてまとめ上げたものとなります。本書は、大学敷地内で観察することのできる動植物種を分類ごとに500種以上紹介した、野外観察初心者向けの本となっています。酪農学園大学は、非常に豊かな自然が溢れる素敵な場所ですので、訪れる機会がありましたら本書をお供に、是非とも近くの動植物の観察をしてみてください(以下のURLから電子版を無料でダウンロードできますhttps://www.rakuno.ac.jp/archives/24338.html)。

 

-- これから研究を目指す大学生に一言お願いします。 金子:自身の研究分野に関するコミュニティを築き上げていくことは勿論ですが、一見すると自分とは縁遠く見える分野の研究者と積極的に意見を交わすことも非常に大事なことだと思います。私自身、様々な研究分野の方々とお話する機会を頂いて、自身の研究領域に関する新たな研究アイデアを見つけることが出来た経験が幾つもありました。

 

-- 今日はどうもありがとうございました。

取材者:森林立地学会 橋本昌司

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