土壌侵食

土壌侵食は、雨をはじめとする降水や、斜面での表面流などによって引き起こされます。

森林内の土壌は、水源かん養、生物多様性保全などといった、森林の多面的な機能の土台となっています。気候変動によって大雨が増えると、土壌の侵食が進み森林の機能が低下する恐れもあります。

ここでは、林床被覆率(地面が下層植生や落葉層に覆われた割合)と土壌侵食痕を調べることで、土壌侵食の強度を間接的に評価する方法を解説します。

土壌侵食痕を確認する

(文責:三浦 覚)

調査方法

調査方法について

土壌侵食の強度を観測する方法には、土壌侵食測定枠あるいは土砂受け箱を用いて斜面上を移動流出する土砂を集め、その重量を直接測定する方法があります(「森林立地調査法 第Ⅵ章 4土壌侵食・表層土の移動」参照)。ただし、少し大がかりな調査となり、機材が必要で試料の処理にも手間がかかります。

今回紹介する林床被覆率と土壌侵食痕を用いた土壌侵食の調査方法は、土壌侵食の危険度を簡便に評価するために、先に述べたような土砂受け箱を用いた多くの観測結果を元に考えられました。

林野庁による全国の森林生態系多様性基礎調査で2009年の第3期調査から導入されているほか、FAOによる水土保全機能の簡易調査法でも、これを元にして調査方法が開発され実用化されています(FAO, 2015)。

調査区の設定

調査区は一目で見渡せることを基本に、広くする場合は4×6mあるいは5×5m程度から、狭くする場合は0.5×0.5mあるいは1×1m程度まで選択可能です。継続的に測定する場合は、四隅に目印の杭を立てておきます。

対象林分の平均的なデータを得るために、広い区画の場合は10m程度離して2か所以上の、狭い区画の場合は1〜2m程度離して5〜10か所程度の調査区を、林分の均質性なども考慮しながら設定します。

 

調査項目と測定方法

データシートを作成し、傾斜、林床被覆率、土壌侵食痕を記録していきます。

図1a.初回調査用のデータシートの例(調査地、林況、傾斜、調査区サイズなどを記録)

 

図1b.繰り返し調査のデータシートの例(林床被覆率、土壌侵食痕など)

傾斜

傾斜は、林床被覆率と並ぶ土壌侵食の重要因子です。調査区の最大傾斜線に沿って、調査区全体の平均的な傾斜を測定します。調査区の左右両辺で地面に棒切れを当て、その上に市販の傾斜計を置いて読み取り、平均します。急激に変化することはごくまれなので、通常は1回測定しておけば十分です。

林床被覆率

調査区内で、「林床被覆」「巨礫・岩」が占める面積割合を10%単位で目視判定します。5%未満は0%に区分します。林床被覆とは、高さ80cm以内の「下層植生」か、落葉層(植物遺体。堆積リターともいう)のいずれかに覆われた地表を指します。

「下層植生」は、高さ80cm以内の植物、植物の根系、コケ類などがあり、林床被覆の内訳を把握するために記録します(林床被覆率の内数に当たるので、林床被覆率より大きな値にはなりません)。

巨礫・岩は、大きさ20cm以上の礫あるいは岩です。ただし、苔むした岩は林床被覆に区分します。

林床被覆率と巨礫・岩率は、互いに排他的に判定するので、両方の合計が100%を超えることはありません。落葉層や、土壌または礫の占める割合は計算で求められます。

落葉層(%) = 林床被覆率(%) − 下層植生(%)
土壌または礫(%) = 100 − 林床被覆率(%) − 巨礫・岩(%)

ワンポイントアドバイス
林床被覆率や下層植生の占有率を目視判定するのは、初めは難しく感じるかもしれません。何人かで同じ場所を見て判定してから互いに照合して、「目合わせ」をしておくと判定精度が高まります。

土壌侵食痕

土壌侵食が進行している痕跡として、「土柱」「リル」「ガリー」が見られた場合に存在していることを記録します。重複記録も可能です。

「土柱」「リル」「ガリー」については、「土壌侵食痕の段階と危険度」の項も参考にしてください。

図2.林床被覆率及び土壌侵食痕調査のための参考模式図 (林野庁「森林生態系多様性基礎調査 調査マニュアル」より転載)

 

(3a)土柱

(3b)リル

(2c)ガリー

データのまとめと解釈

傾斜

傾斜は、林床被覆率と同じように土壌侵食強度への影響が大きい重要な因子です。異なる調査林分の結果を比較するには、10度単位くらいで揃えておく必要があります。

林床被覆率

林床被覆率は、80〜100%が土壌侵食を防止して土壌の保全を図るための一つの目安とされています(Miura et al. 2015)。そのような条件下のスギ、アカマツ、落葉広葉樹林などで、土砂移動量が多くなかった(Miura et al. 2002)ことからです。

土壌侵食痕

土壌侵食痕の有無は、調査区内で、土壌侵食が発生したか否かの判定に使えます。土壌侵食痕が見つかった調査区では、林床被覆率も低下していることが多いと予想されます。

調査の目的に応じた工夫や頻度

調査の主な目的が、種類が異なる森林の土壌侵食強度を比較することならば、1〜3か月程度の短い期間に集中して多数の地点で調査を行います。森林タイプごとに5〜10林分程度を調査し、林床被覆率についての平均値や標準偏差を算出することで、森林タイプによる傾向の違いを明らかにすることができます。調査林分が多いほど、傾向はとらえやすくなります。

調査の主な目的が、ある森林の時間的な変化を知ることならば、毎年1回、同じ時期に調査を行えば十分です。ただし、下層植生の季節変化も知りたい場合は、ひと月またはふた月に1回程度の頻度で定期的に調査します。毎年あるいは月毎のデータを調査区ごとに平均し、時間を横軸にしたグラフにプロットして変化の傾向を把握します。

参考のために、森林タイプ毎の林床被覆率の季節変動の観測結果の一例を紹介します(図4)。樹種や林齢によって林床被覆率が大きく異なることがわかります。(このデータは本稿で紹介した調査手法よりも精度が高い方法で調査されたものであることにご注意下さい)

さまざまな森林で調べられた林床被覆率は、ヒノキ林の若齢林で特に著しく低下していましたが、他のスギ、アカマツ、落葉広葉樹林では、林床被覆率は概ね80〜100%の範囲にありました。そのような条件下では土砂移動量が多くなかったことも、調査によって分かりました(Miura et al. 2002)。

図4.ヒノキ、スギ、アカマツ、落葉広葉樹林の林床被覆率の季節変動(三浦, 2000)

 

この評価方法について(補足)

林床被覆率は雨滴侵食の有用な指標

日本のように降水量が多く湿潤な地域では、土壌侵食は水食と呼ばれる主に降水由来の水の力によって引き起こされます。降水による森林内の土壌侵食でまず注目すべきなのは、降水の雨粒(雨滴)が地表にぶつかるときに生じる土壌侵食で、雨滴侵食と呼びます。

雨滴の衝撃力は思いのほか大きく、地表の小さな土粒子を数10cmの高さにまで跳ね飛ばす力があります。雨滴の衝撃力は雨滴の大きさ(重量)と落下速度で決まり、落下速度は高さ10mくらいまで大きくなって一定に達します。

図5.高さ30cmの波板に雨滴侵食による飛散で付着した土砂

 

地面のすぐ上に下層植生や落葉層(堆積リター)があると、雨滴のこの衝撃力は大幅に弱められます。この仕組みを元に、地面を覆って土壌を保護するはたらきをする下層植生と落葉層を合わせて林床被覆と呼んでいます。

ヒノキ林で、実際に土砂移動量と林床被覆を観測した結果を紹介します(図6)。傾斜35度前後の急傾斜地のヒノキ人工林で、土砂受け箱によって土砂移動量を測定し、土砂の回収に合わせて測定した地表の林床被覆率との関係を示しています。丸か四角の黒いシンボル(●、■)で示されている林床被覆率が0%に近い観測結果は、実験のため人為的に林床被覆を取り除いて行われました。

図6.ヒノキ林の林床被覆率と土砂移動量の関係 (Miura et al.(2015), Fig.7を加筆修正)

縦軸は対数表示しているので、林床被覆率が低下すると土砂移動量が指数関数的に増加することがわかります。点線で示された回帰式から、林床被覆率が10%減少すると土砂移動量は66%増加することが明らかになりました(図6)。この結果から、林床被覆率が30%から80%に増加すると土砂移動量は10分の1に低下することが分かります。

この結果は、林床被覆率が土砂移動量を決める最も重要な要因であることを示しており、土砂移動量を直接観測する代わりに、林床被覆率を調べることで土壌侵食の強度を推定することができるのです。

土壌侵食痕の段階と危険度

林地斜面の侵食は、上に解説した雨滴侵食のほかに表面流侵食によっても引き起こされます。林地斜面には、そのような痕跡が多数残っています。

地表の礫がおよそ1cmより大きくなると、雨滴の衝撃力だけでは礫は動きません。そのため、礫の周囲の細かい土壌物質が削られて土柱(図3a)が形成されます。

そのような状況下では、地表面の粗大な空隙が細かい土壌物質で埋められてクラストと呼ばれる難透水層が形成されます。その結果、地表面は目詰まりを起こし、地表に到達した降水が地面にしみ込みにくくなります。その状態でさらに降雨が継続すると、地中に降水が浸透しきれずに表面流が発生します。流水の削剥力により、地面が削られて土砂が流出します。同時に、地表面には削剥された跡が溝として残り、深さ30cmまでの溝をリル(雨裂ともいう、図3b)と呼びます。

リルが形成された後も流水による強い侵食が続くと、深さ30cmを超える深い溝(ガリー、図3c)が発達します。

(3a)土柱

(3b)リル

(3c)ガリー

このように、森林の土壌侵食は雨滴侵食から表面流によるリル侵食、ガリー侵食へと段階的に症状が激化することがあります。 以上説明した土柱、リル、ガリーをまとめて土壌侵食痕と呼びます。土壌侵食痕が見られる斜面は、そこで土壌侵食が発生している証拠となるので、これをチェックすることで土壌侵食の危険度を評価する指標として利用できるのです。

土壌侵食と気候変動

森林の水源かん養、生物多様性保全、炭素貯留、木材生産などの多面的な機能を十分に発揮させるためには、森林土壌が侵食などによって斜面から流出することなく安定して存在していることが重要です。

森林土壌は、林床の落葉層の下にあって粘土や砂礫と有機物からなり、数10センチメートルから1〜2メートル程度の厚さで存在しています。植物の根や動物、微生物の働きで、表層に近いほど空隙に富み有機物が多く溜まっており、そこに水や養分を貯えることができます。

森林土壌を観察するには地面を掘り返して土壌断面を作成しなければならないので、直接目にする機会は少ないのですが、森林土壌は森林のほとんどの多面的な機能の土台となっています。

気候変動によって大雨などが増えると、土壌侵食が活発になり機能が低下するおそれがあります。

執筆者より

森林には2つの被覆があります。空から見たときの林冠と、林内地表の林床被覆です。どちらも高く保たれている森林は、多面的な機能を発揮する能力が高いことが期待できます。森に入って地表の被覆状態と土壌を守るはたらきにも目を向けてみましょう。

参照、関連サイト

reference

FAO (2015) Field guide for rapid assessment of forest protective function for soil and water. FAO, Rome.

三浦覚 (2000) 表層土壌における雨滴侵食保護の視点からみた林床被覆の定義とこれに基づく林床被覆率の実態評価.日本林学会誌,82,132-140.

Miura, S., Hirai, K., Yamada, T. (2002) Transport rates of surface materials on steep forested slopes induced by raindrop splash erosion. Journal of Forest Research, 7, 201-211.

Miura, S., Ugawa, S., Yoshinaga, S., Yamada, T., Hirai, K. (2015) Floor cover percentage determines splash erosion in forests. Soil Science Society of America Journal, 79, 1782-1791.

関連サイト

土壌侵食の状況(第1期・第2期・第3期):林野庁・森林生態系多様性基礎調査

詳しくは、この本

森林立地調査法
第VI章 4土壌侵食・表層土の移動、森林立地調査法編集委員会編、193-196p 2010 博友社、東京